藤枝 利教
FUJIEDA TOSHIYUKI

自作の詩を出品。 

1971年日立市生まれ。

小児マヒにより,手足口が不自由となる。ヘッドギアにつけた棒でワープロのキーボードを打ち,詩をつくる。

自作の詩を集めた詩集「すたん・ばい・みい」が12冊におよぶ。

自作の詩に曲をつけてもらいコンサートを開く。

フジテレビの「おはよう茨城」《私のつくった詞(うた)を聴いてください》に出演。(1996.12.21放送)

車椅子での一人旅が,NHKの特集番組で取り上げられる。
(「共に生きる明日・はじめての一人旅」1998.10.1放送)

茨城県体験作文に何度か入賞し,平成14年度には,最優秀賞に選ばれる。

★「きらっといきる」に紹介されています。
http://www.nhk.or.jp/kira/05people/05c0198.html

★日立市で行われている「ピッピコンサート」の第5回,第6回,第8回に入選しています。
http://www.net1.jway.ne.jp/pippi/ 

HP「すたんばい・みい」http://www.net1.jway.ne.jp/totti/

 みなさん、こんにちは。そして、私たちの「心の部屋・ぼくたちの芸術展」に来て頂き、どうもありがとうございます。
 私は、小児麻痺で手足や口が全く不自由です。棒がついているヘルメットを使いワープロで詩を書いています。『すたんばい・みぃ』という詩集を12作まで出しています。
 さて、私の詩は、主に、人にちなんだ詩を書いています。なぜなら、人の考え方一つで相手を幸福にも、不幸にもできるのではと思っているからです。
 この5編も、人にちなんだ詩ばかりです。
 この作品を見て頂き、『どんな重い障害をもつ人だって、みんなと同じ人間なんだ』と分かって頂ければ幸いです。
 今の時代は、どこか、障害をもっている人と、障害をもっていない人との心の隙間があると思います。家族の間でも見受けることがあります。
 私は、よく分かってくれる多くの仲間がいます。この仲間に支えられながら、詩を書いています。
 それでは、ごゆっくりご覧ください。できましたら、ご感想を書いて下さい。

(2000年「心の部屋・ぼくたちの芸術展」自己紹介文より)



						

 【詩の作品】

 


 
母を

母のグチを聞けるのは
本音を言えるのは たぶん私だけ
父もちょっぴり 聞いてあげて
元気になるから
父は本当は 聞いてあげたい
どうやってあげたら良いのか?
わからないだけ
私のぶんまで やさしくしてあげて!



詩集『すたん・ばい・みぃ』

これは,私の詩集『すたん・ばい・みぃ』の12冊目のものです。

茨城障害者問題研究会 刊
表紙とイラスト:駒田佳信
(「心の部屋」展の案内状の制作者)

※展覧会当日に即売する予定です。


 
茨城県体験作文】

 平成12年『楽しかった一人旅』で特別優秀賞を受賞
 
 平成13年『語り合うことで』で佳作に入選

 平成14年度『みんなで生きよう!』で最優秀賞を受賞
      

 

 
 
語り合うことで
                                  藤枝 利教

 私は、手足や口が利きません。会話は、トーキングエイド(声が出る機械)でしています。
 近ごろ、虐待やいじめなど、心が痛むニュースをよく耳にしますが、私もそんな体験をしました。前、ある福祉施設に入所していました。当時はトーキングエイドがなく、指で指せないために文字盤も使えませんでした。このことがきっかけになり、看護婦さんや寮母さんから陰でつねられたり、ごちゃまぜにしたごはんを食べさせられました。たしかに食べさせやすかったかも知れませんが、どうしても好きになれませんでした。夜、カラカラに喉が乾いても朝まで待っている時もありました。今でも待つことが心配だったり、まぜごはんが苦手です。必死に助けを求めて、親や外部の人に話したら、さらにエスカレートして、しまいにはぜんぶ私が悪いようにされました。『なぜ、怒られるのか?』と不思議でした。こんな出来事があってから、怖くて、人に自分の考えをストレートに言えません。
 こんどは、友達からも無視や暴力・暴言などのいじめにあいました。耐え切れない時、じっくりと話を聞いてくれたり、助けてくれる仲間が欲しかったです。私も強くなり、もっとはっきり言っていれば、わかってくれる人が一人でもできたかも知れません。今でも仲間外れや、だれも相手にしてくれない気がします。特に春になるとその記億がよみがえってしまい、気持ちがすっきりしません。
 でも、Kさんに出会って、トラウマ(過去の心の傷)はだんだん無くなりました。話を私のペースでゆっくりと聞き、引き出してくれます。相手のペースで聞くことや、尊重することは、一見簡単なことだとみえてもすごく難しいことです。Kさんに会えて、自分が好きになり、何事もチャレンジするやる気が湧きました。私にしてみれば、命の恩人のような存在です。
 分かってくれる良い友人もできました。『どこか行きたい!』と言えば、連れて行ってくれます。なかには、遠方から『親友は君しかいない。』と言って、会いに来てくれる友人もいます。今、こんな暖かさを持っている人は、多くありません。逆に悪質な犯罪や、我が子を死に追い詰める時代です。この原因は、人の愛情や、厳しさ、コミュニケーション不足だと思います。独りで悩めば悩むほど、子供や弱い人を傷つけます。友達、近所の人、家族に苦しい気持ちを打ち明ければ、その心のわだかまりがなくなります。何より、周りも真剣に耳をかたむけてほしいです。そうすれば、『一緒に考えてくれる仲間がいる。』と思うだけで、気が楽になり、思いやりのある人間になると信じています。仲間の輪に入れない人がいたら、やさしく声をかけてあげてください。はじめは、嫌がるかも知れません。でも、語りかけていくうちに心を開いてきてくれると思っています。相手を認めること、お互いにうれしいことや、悩みを語り合うことで、きっと虐待は、なくなって
ゆくでしょう。
 生きるうえで一番大切なのは、心の健康です。落ち込んでいる時は、体の調子も悪くて、心が元気な時は、すぐ治るものです。かつてのつらい日々の経験も、良い勉強になりました。だから、みんなと笑いながら自分らしい毎日を送りたいのです。

 

 
     みんなで生きよう!
                        藤枝 利教

 私は、歩くことも、箸を持つことも、話すこともできない。ヘットギーアに棒をつけ
てワープロを打っている。
 近ごろ、『こんにちは!』と言うあいさつもあまり聞こえない。近くで散歩していて
も車椅子が倒れかけても、みんなしらんぷりのように感じる。そして、人と人同士の、
暖かいつながりがなくなったみたいでさみしい。人間は見返りを求めないやさしさがな
くちゃいけないと思う。でも、散歩したり、町を歩けば、とてもとても前向きな気分に
なり、『生きていてよかったな!』と実感する。それは、さまざまな人に会えるからだ
。毎日、色々な人に触れ合っていられることが人間として幸せだと思う。
 昔は、体が不自由でも近所の家へ泊まりに行くと、おじさんやおばさんが私の身の周
りの世話をやってくれた。近所に友達がたくさんいて、野球や、メンコで遊んだ。子供
会の行事や、夏休みのラジオ体操にも、その仲間が誘ってくれた。
 最近の子供たちは、ゲームで遊び、塾ばかりで、本来の心の交流が無くなってきた気
がする。このままでは、やさしさに欠けた大人に育っていきそうで怖い。親が子供の愛
し方を分からないのも理由の一つかも知れない。やっぱり、我が子の話をよく聞いてや
り、理解しようとした方がよいと思う。そういう子供たちが大人になれば、思いやりが
そっちこっちにひろがり、体が不自由な人も笑いながら暮らしていける。家族で、親子
で、もっともっと心をふれあってほしい。一家で夕食を食べるだけで、自然に会話がは
ずんでにこやかになる。そんなところからも人を思う心が育つと感じる。
 弟がいるだけで、私の支えになっている。嬉しいとき、淋しいとき、困っているとき
、何も言わなくても分かってくれる。顔を見ると、やさしく『お兄ちゃん、何かある?
!』と声をかけて来てくれる。家族っていいなと思う。そして、そんな弟がたまらなく
可愛い。 うちの隣のAさん一家も、両親や兄弟が留守している時、みんなで私の世話
をやってくれる。トーキングエンド(話できる機械)で話もする。ゆっくりしか打てな
い私なのに普通のように話してくれる。私も焦らないで、おしゃべりを楽しんでいる。
焦られると、こっちまで焦って、お互いに良い会話ができない。やはり、会話するのも
互いに思う心が大切。そこから、信頼や人とのつながりが生まれていく。だから、毎日
、人のあたたかさを一番にかみしめながら生きている。
 喋れない私は、口ですぐ会話ができることは、何より一番すばらしい。早く言いたい
ことがあって『ア〜ア〜』と声を出せば、『また騒いでいる。静かにしろ!』と言われ
てしまう。『自分の口で話をしちゃいけないのかな?』と思い、すごくすごく嫌な気持
ちになる。でも言った人は、疲れていて私の声が不快感に感じたのかもしれない。周り
の人に対して、私も気づかいが足りなかった。相手を尊重して、ゆったり聞くことが必
要。そうすれは、互いに楽しい会話ができる。ここから、理解や信頼感が生まれる気が
する。
 みんな、『お互いを認めて、同じ人間とし、助け合うことが大事だ!』と言っている
けど、実際には、他人の気持ちに背を向けていると思ってしまう。例えば、外出がした
くても協力なしではできない人もいる。その反対に、いつも自由に外出ができる人もい
る。外出が困難な人、困難ではない人とが共に協力すると、誰もが不自由なく、好きな
ときに、外出できるようになる。たとえば、私が買い物へ行きたいときは、近所の人が
連れて行ってくれ、その代わりに私もできることでお礼がしたい。たとえ、私を嫌う人
がいても優しくしてあげたい。優しくすれば、お返しに笑顔をもらえる。その笑顔を見
れば、こっちも幸せになってくる。偏見の目で見る人、いつも怒っている人、自分さえ
良ければと思っている人にも優しくしてあげれば、町中が幸せになる。みんなで生きれ
ば、その幸せは何倍にも膨らむ。
 だから、一生住み慣れた町で、自分らしく暮らしていきたい。それが一番の願い。

 
 

【音楽とのコラボレーション】

ピッピコンサート(http://www.net1.jway.ne.jp/pippi/)
 心身にハンディをもつ人の「夢や希望」をメロディにのせてたくさんの人たちにメッセージとして伝える,という趣旨で1985年から始められ,今年で15年目になります。2年に一度茨城県内から詩を募集し,メロディーをつけて日立市民会館ホールで発表会が行われています。コンサートの企画,運営から,作曲,歌等すべて「ピッピスタッフの会」が財団法人日立市民文化事業団の協力の下に行っています。
 今年は,9月1日に行われます。
 私は,
 第5回(1992年)に「人と人」
 第6回(1994年)に「愛する友へ」
 第8回(1998年)に「のんびり」
で,入選しています。

大阪の友だちと夢のコンサート
 大阪にいる友だちで,私の詩に曲をつけてくれる人がいます。その彼と,コンサートをすることがもっかの夢です。
 きっかけは、4年前に全障研の『みんなねがい』に詩を載せたところ,彼が曲をつけてくれたことからです。
 いろいろ困難なことはあるのですが,実現へ向けて歩み出そうとしています。

       
  作曲をしてくれた
     大阪の町田さん

 

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